馬と鹿でバカは何故

馬と鹿で「バカ」は何故なのか|米津玄師「馬と鹿」歌詞を受けて漢字の語源と由来を調べてみると…


馬と鹿でバカは何故なのか。当たり前のように浸透している「バカ」「馬鹿」という言葉ですが、今回はその言葉の語源や由来について見ていきたいと思います。

というのも米津玄師さんがテレビドラマ「ノーサイドゲーム」の主題歌に「馬と鹿」を書き下ろしたことで、その歌詞の意味を考えるにあたりどうも「バカ」という言葉がなぜ馬と鹿で構成されているのか気になりました。

あくまで個人的な備忘にはなりますが、馬と鹿でバカは何故なのかチェックしていきましょう。

米津玄師の楽曲「馬と鹿」にも採用された「馬鹿」という言葉

冒頭でも述べているように、米津玄師さんの「馬と鹿」がテレビドラマ「ノーサイドゲーム」の主題歌に抜擢されたことによって、その歌詞の意味を考察したり楽曲の由来を調べる人も増えました。

「バカ」と言えば通常人を貶したりそれこそ「馬鹿にする」ようなときに使う言葉ではありますが、マイナスの意味もあればプラスの意味もあります。

米津玄師さんのケースにおける「馬と鹿」は後者のプラスの意味で捉えるべきだと個人的には思っていて、よく「馬鹿正直」「〇〇馬鹿(ラグビー馬鹿など)」と真面目でまっすぐである人に対して使われることがありますが、以下歌詞を見てもわかるように楽曲においては真っ直ぐな人を応援するような内容となっています。

「馬と鹿」米津玄師
作詞:米津玄師

歪んで傷だらけの春
麻酔も打たずに歩いた
身体の奥底で響く
「生き足りない」と強く

また味わうさ
噛み終えたガムの味
やりきれないままの心で
1つ1つ無くした果てに
ようやく残ったもの

これが愛じゃなければ
何と呼ぶのか僕は知らなかった
呼べよ花の名前を
ただ1つだけ張り裂けるくらいに

鼻先が触れる
呼吸が止まる
痛みは消えないままでいい

何に喩えよう
君と僕を
踵に残る似た傷を
晴れ間を結えばまだ続く
行こう 花の咲かないうちに

これが愛じゃなければ
何と呼ぶのか僕は知らなかった
呼べよ恐れるままに花の名前を
君じゃなきゃ駄目だと

鼻先が触れる
呼吸が止まる
痛みは消えないままでいい

あまりにくだらない願いが綺麗だ
馬鹿臭い

さて、この米津玄師さんの「馬と鹿」については以下記事でタイトルと歌詞の意味を考察しているので、気になった場合はよかったら読んでみてください。

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ここからはそんな話題を呼んでいる「馬と鹿」すなわち「馬鹿」という言葉がどういった語源で成り立っているのか、詳しく見ていきましょう。

「馬」と「鹿」で「馬鹿(バカ)」となるのは何故なのか

まずそもそもの前提として押さえておきたいのが、馬と鹿を使ってバカという言葉が何故できたのかという由来は「諸説ある」ということ。1つの決まった由来があるわけではないのです。

ですので、今回は以下の由来に沿ってバカという言葉を読み解いていきますが、「どの説が正しい」というような結論は出せるものではなく、個々人が気に入った由来を信じる程度のニュアンスで呼んでいただければと思います。

  • 中国の史記「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」を語源とする説
  • サンスクリット語の「moha」「莫迦」を語源とする説
  • 禅宗の書物に出てくる「破家」を語源とする説
  • 白楽天の詩にある「馬家の者」を語源とする説
  • 「若者(wakamono)」が転じた「馬鹿者(bakamono)」を語源とする説

それでは、「バカ」「馬鹿」という言葉の由来とされるこれらの諸説について、1つずつ内容をチェックしていきましょう。

中国の史記「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」を語源とする説

1つ目に「馬鹿」という言葉の由来は、中国の史記にある「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」という故事を語源とする説があります。

昔、中国を統一した秦の始皇帝が死去したのちに、奏の趙高という側近が暗愚な皇子「胡亥」を二世皇帝にしました。

 

趙高は宦官つまりは「役人」で政府の中でも権力をふるっていた人間でしたが、あるとき自分の権勢を示すために「鹿」を連れてきて「”馬”を献上します」と言います。

もちろん二世皇帝の胡亥は「これは鹿だろう」と答えますが、一方で「これは馬か鹿か」と趙高は家臣たちに問います。

そこで周りにいた家臣たちは権力のある趙高を恐れへつらい「これは馬です」と答える者、そして趙高に不満があるために「いいやこれは鹿です」と答える者とそれぞれ真っ二つに分かれました。

 

しかし、趙高はそんな後者の反感のある家臣たちを一斉に処刑してしまったと言われており、そのことから「馬と鹿の区別がつかない者(趙高にとって)」を「馬鹿者」と指すようになったことが語源とされています。

ただ、ここで言う馬と鹿の区別がつかない者というのは趙高にとってそうなだけであって、本来であればそこにいる誰もが「これは鹿です」と正しい答えを言うべきもの。

そのようなところで趙高に歯向かってしまった者たちが「正しい答えを言っているのに痛い目を見た」ということを受けて、「正直者が馬鹿を見る」にもあるように皮肉めいた意味合いも「馬鹿」という言葉には込められています。

サンスクリット語の「moha」「莫迦」を語源とする説

2つ目に「馬鹿」という言葉の由来は、サンスクリット語で「無知」「迷妄」などを意味する「moha」を語源とする説があります。

この「moha」を音写=音を真似した「莫迦(ぼか)」という言葉を僧侶が隠語として使っており、それに「馬鹿」という表記をのちに当てたと言われています。

 

これは江戸時代の国学者である天野信景が提唱した説でもあり、広辞苑や多くの国語辞典でも記載されている権威ある説。

ただし漢字本来の意味として「馬鹿」という言葉に「愚かである」という意味はもとよりなかったために、あくまで当て字として採用されたものとして正式な語源として認識できない声もあるようです。

禅宗の書物に出てくる「破家」を語源とする説

3つ目に「馬鹿」という言葉の由来は、禅宗の仏典などの書物に出てくる「破家=破産するという意味」と「者」を合わせた言葉を語源とする説があります。

これは「破産するほど愚かな者」という意味合いを表しており、そこから「馬鹿者」という言葉が生まれたとされています。東北大学の佐藤喜代治名誉教授によって提唱され、日本国語大辞典でも採用されていました。

白楽天の詩にある「馬家の者」を語源とする説

4つ目に「馬鹿」という言葉の由来は、中国唐代の詩人である白楽天(白居易)の詩「杏為梁-分を超えた居宅を刺す」を語源とする説があります。

この詩は贅沢を凝らした居宅を風刺したもので、その中にある一節から「馬鹿」という言葉が生まれたとされています。以下「全唐詩」の「杏為梁-刺居處僭也」より。

「君不見馬家宅,尚猶存,宅門題作奉誠園。

 君不見魏家宅,屬他人,詔贖賜還五代孫。

 儉存奢失今在目,安用高牆圍大屋。」

(意訳)中国にいた「馬」という姓の富裕な一族が、調子に乗って私邸を豪華絢爛に飾り立てていたりと、くだらぬことにかまけて散財していた。

しかし自らの分際を弁えず考えの浅いつまらないことを繰り返していたために、馬家は荒れ放題だった屋敷を皇帝に没収されることに。

結局馬家はそれきりになってしまい、「馬家の者」は「馬鹿者」になったとされています。

こういった語源とする説となっており、馬家そのものに限らずやたら贅沢にしている家は「馬家宅」だと皮肉られることが多かったんだとか。松本修が著書「全国アホ・バカ分布考」で提唱しています。

「若者(wakamono)」が転じた「馬鹿者(bakamono)」を語源とする説

5つ目に「馬鹿」という言葉の由来は、「若者(wakamono)」のw音がb音に転じた「馬鹿者(bakamono)」を語源とする説があります。

民俗学者の柳田國男は広辞苑の編者である新村出が提唱したと書いていますが、実際には新村出が文章として残したものはないため出自は不明であるとされています。

「馬」と「鹿」は日本では神聖な生き物

ということで今回は馬と鹿でバカは何故なのか、「馬鹿」という言葉の語源や由来について見てきました。

主な由来は以下のようなところとなっていますが、やはり諸説あるということで厳密にどの説が正しいとは断定できない部分があります。

  • 中国の史記「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」を語源とする説
  • サンスクリット語の「moha」「莫迦」を語源とする説
  • 禅宗の書物に出てくる「破家」を語源とする説
  • 白楽天の詩にある「馬家の者」を語源とする説
  • 「若者(wakamono)」が転じた「馬鹿者(bakamono)」を語源とする説

ただしこうして様々な諸説がある中でも、そもそも日本において「馬」と「鹿」は神聖な生き物でもあります。

もとより神様は「馬」に乗って人間の世界にやってきたという話もありますし、天照大御神の使者である天迦久神は「鹿の神」とも言われています。

そういったことから、あまりむやみに人のことを「馬鹿」だと罵るようなことはあまり好ましくはありませんし、使うのであればそれこそ米津玄師さんの「馬と鹿」の歌詞のように「正直者で真っ直ぐな人」を指した比較的ポジティブな意味合いで使っていくのが良いかなと感じました。


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